情報過多時代の設計業務をアシストするメーカー横断建材選択ウェブサービスの構築 kubota

日本建築士会連合会の機関紙「建築士」2017年4月号に寄稿したのでその文章を掲載します。時々このような文章を書いていけると良いですね。行っている事業を俯瞰した感じで設計士の方向けに書いています。

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建築は建材の集合体である。厳密に言えば建材を組み合わせて間をつくることで人間が時を過ごす場所を作る。それを形づくる建材の種類により中にいる人間が体感する印象は大きく変化する。古来建築を作るための材料に制限があったわけではなく、世の中に存在している物質の中から加工性、耐久性等の観点からバランスの優れたものを選び出して使ってきたはずだ。現在では建材製造を専業とするメーカーが製品を作り、主にそれを組み合わせることで建築が形作られる。それにより品質を担保しながら大量に資材を供給することが可能になったが、法規やニーズの多様化に伴う製品数の拡大から情報量が飛躍的に増加した。建築を作る人間がその構成要素である建材のことをよく知っているべきだとは思うのだが、現実問題として様々な建材が生まれてくる中、その情報をアップデートし続けるのは不可能に近い。

 

例えば、人体については状態を判断し治療する医者がいるのに加えて、管理栄養士という食事や栄養の視点から人体の質を整える専門家がいるが、建築にはそのような専門の職業がなく建築士が引き受けている。建築士という職業に求められる素養は広く、あまりに多くの要素を求められ過ぎておりすべてを一人の人間がカバーするのは不可能に近い。そこで管理栄養士のような役割を持つアシスタントのような存在を、ITを用いて作り出せないかという試みが、我々が現在構築中の「建材選択クラウドtruss」である。

trussトップページ
2016年9月13日にサービス開始した。現在は外皮周りの建材の選択に対応している。順次対応範囲を拡大予定。設計者、施工者等建材の選定に関わる方は現在無料で利用できる。

着想までの経緯

私は建築学科を出たものの、仕事は建築の世界へ進んだ訳ではない。大学生だった2005年頃に早稲田大学建築学科出身でその後国際的なNGO等で活躍されていた伊勢崎賢治さん(現東京外国語大学総合国際学研究院教授)に影響を受け途上国開発に興味を持ち、大学院在学時に都市計画に関する論文を書くために留学していたイランで国全体の発展と産業の発展が密接な関係をもっていると強く感じたため、産業を作るという視点でものを考えられそうな総合商社へ入社した。総合商社は産業の裏方の存在であり、必要な物やお金を流し、全体的に流れをよくする役割を担っている。大局的な視野を持ってどこがボトルネックになっているか見極め、鍼治療を行うような形で最適を図るイメージだと思う。

 

産業全体を考えるとは、どのような人が関わっており、どのようなものが流通しており、どのようにお金が流れているのかを捉え、そこにどのようにアクションしていけば全体がより最適化、合理化されるかを考えるということである。現在の世の中では、個人がそれほど大きなインパクトを持っているわけではなく、企業と政府/自治体がその主な構成要素としてあげられ、特に業界のルールを決めるプレイヤーの視点を持つことが重要になってくる。

 

入社後は上下水道のインフラ構築や運営、海水淡水化プラントの建設といったどちらかというと土木よりの業務に従事していた。また、中国、イギリス、フランス、クウェートといった複数の国の企業やプロジェクトに関わることができた。

 

その業務を行っている中、建築業界のことをある時ふと考えた。日本の街を歩きながら何もない平野に建物が立ち上がり、電気や水道、道路が整備され都市が立ち上がっていくプロセスをシミュレーションし、どのような人たちが関わっているのかを想像してみた。そのほぼ全ての過程を想像してみた結果、1点どうしても想像しきれない部分があることに気づいた。こんなに膨大な種類の建材があって誰がどのような論理で建材を選んでいるのか、ということだ。そこだけがどうしても納得ができなかったのだ。

 

もともとバナキュラーな建築が好きで古くからある街を訪れることが多かったのだが、そういう街ではその場所でとれる材料しか使うことができず、そこまでの選択肢は存在しない。そのため、街全体で材料の統一感が出てくる。

イランのオアシス都市ヤズド。古くからある街はその場所でとれる材料を使用せざるをえない。そのため、構造/意匠が統一されることが多く、それが美しい街並みと持ち上げられることが多い。意図的というよりは環境的な制約がそうさせている。

しかし、現在は建材の工業製品の割合も増え、選択肢も膨大になっているはずでそれが現在日本で目にすることになる多種多様なデザインや外観の建物に現れている。

国内に留まらず世界的に物流が発展したこともあり、多種多様な建材や工法が使われるようになった現在の街(東京)である。一つ一つのアウトプットは独自性が強くなり、それにより設計者の業務の複雑性も大幅に増した。

そこで建築設計事務所で意匠設計業務に従事していた、当社トラスの共同創業者である沖村徹也に聞いてみると紙のカタログを各メーカーが無料で配布しており、それを見て設計者が選択しているという。数を数えてみると比較的小規模の事務所でも1,000冊近いカタログが存在していた。

カタログとは、建材メーカーが各社ごとに自社の製品群を体系化して建材を選ぶ人(主に設計者や施工者)に対して情報伝達するツールの一種である。カタログは数冊であれば検索性も情報更新性も良いが、数が膨大になれば途端にどちらも効率が落ちる。カタログという形式が機能するには適切な数量の範囲がある。適切に情報が伝えられれば別の形式でも良いのだが、その形式が最適であった(もしくはそう思われている)期間がそれなりに長く続いている。紙のカタログは物として場所をとり印刷費用や郵送費もかかり、そのメーカーが製造している全ての製品の情報が載っていることが一般的であることから、その全てのページが必要であるわけではない。設計者が必要としている条件に合致する材料だけを絞り込んで選択できるようなものがあればそれで良いのではないか。

情報伝達しなければならない情報のうち物質感が必要でない部分はデジタル化してやることができるはずだと考えた。ちょうどインターネットの高速化、サーバーのクラウド化が大幅に進展した状況もあり、インターネットエクスプローラー等のブラウザ経由で使用できるシステムとし、簡単に導入できるようにサービスを構築した。私と沖村の東京工業大学建築学科の同級生で卒業後はシステムエンジニアになっていた平河広輝が会社設立に加わってくれ、2014年から開発を開始し2016年9月にようやくサービスを開始することができた。(建築関係者は無料で登録使用できるので是非一度使ってみていただきたい。)

建材選択クラウドtrussの内容

人々が求める生活レベルの向上や地震や火災による大規模な被害が歴史上起こってくると共に、建築に必要とされる条件も徐々に向上し、それが建築基準法をはじめとする法律で厳しく規定されるようになった。建材選定もその法規を満たすものを選択していく必要があり、各種建材メーカーはその法規の基準を満たさなければそもそも商品を使ってもらうことができないため、それをクリアできるよう開発体制を敷いている。また昨今はCO2削減やエネルギー効率の観点から断熱性気密性を向上していくことが要求され、この4月から平成25年度省エネ基準をクリアすることが大規模建築では義務化される。そういう観点からも建材選択の複雑性が増している。

上記の理由から設計者はかなりの部分の材料を定量的に性能が担保されている工業的に工場で製造される建材を選択せざるをえない状況になっている。そのような要素が強い外皮周りや設備といった材料からシステムを拡充していく予定である。建材選択クラウドtrussは現在まだまだ構築中で、外皮周りの建材の特に大手企業の材料を中心に選択が可能になっている。

気をつけたポイントとしては、①建材の種類毎に製造販売されている製品群の全体像を把握できること、そして②それぞれの違いがどの程度か感覚的にわかる、ところである。これまでは建材メーカー毎にカタログを作成しており、メーカー横断した全体像を把握することがとても難しかった。また、一つ一つの製品の違いが簡単にわからなければ選択の決定がなかなか難しい。全体像の把握は施主などの説明に不可欠であるし、詳細の違いの認識が最終的な決定の精度に大きく影響を与える。この2件がクリアされると細部の選択そしてなぜこの素材を使ったかの説明が簡単になり、設計者の負担を削減することが可能になる。

具体的にどのような画面になっているか説明させて頂きたい。
ガラス、外壁材、屋根材、断熱材、防水材、下地ボードといった要素ごとに全体像を性能や値段でグラフ上に一つ一つの商品を点としてプロットし、複数の製品がどのように分布しているかを簡単に理解できる。

熱貫流率と設計価格を元に様々なメーカーが販売している製品をグラフ上にプロットしている。左側上部にある検索画面で条件を設定すると条件に合った製品の点だけがグラフ上に表示される。

グラフ上で大体このくらいの性能と値段のバランスのところで建材を選びたいというときにグラフ上でクリックをするとそのクリックした近傍に分布している製品の詳細情報がグラフの下部に表示されるようになっている。ここで詳細の比較が可能になる。また製品毎にその製造している建材メーカーのHPへのリンクも用意されているため、メーカーの提供している情報を確認することも簡単にできる。見た目が重要な種類の建材については写真から選択することも可能になっている。

写真、そしてメーカー横断で縮尺が統一された断面図から選択することも可能になっている。写真だけではスケール感の把握が難しく、またメーカー毎にカタログに載せている断面図の縮尺が異なっていたりするため、比較検討が難しかったがそれを簡単にした。

グラフ上の点はグラフの左側にある検索条件により表示されるものが絞られていく。法規や工法、デザインといった項目から該当する商品はどのくらいの数があるかも簡単にわかる。イメージとしてはカタログから今回のプロジェクトに必要な製品だけが抜き出されてくるようなものである。

選び出した建材をドラッグ&ドロップで組み合わせ、さらにドラッグ&ドロップで仕上表を簡単に作成することができ、エクセルで出力することも可能になっている。

建材選択クラウドtrussが生み出す世界

現在は建材メーカーから設計者への情報伝達がうまくいっていないため、特に意識的に情報を収集している設計者以外にはよい製品の情報は伝わっていない。建材メーカー名自体が伝わっていないケースも沢山あると思う。私たちはそれをまずスムーズにしたい。

trussの画面ではグラフに点をプロットしてメーカー横断で製品を表示するため、良い製品が生まれれば現在より選択される可能性が高まり、建材メーカーの開発者のモチベーションも上がり、製造コストが下がり、結果として建てられる建物の質も上がっていくはずである。情報伝達がうまくいけばいくほど、よいモノを作った人が評価され報われることになる。

今後、検索できる建材の種類を設備・外構・内装に大きく広げ、また外皮周りも建材メーカー数と製品数を大幅に増やすとともに、設計時に計算する外皮性能や耐震等級等の各種基準を満たすためには個々の材料に何を選べば良いか定量的に判断できるガイドラインを表示し容易に選択できるようにする。また設計しながらシステム内で概算見積りできる環境を整えることにより施工者から見積書を受け取った後の手戻りや交渉を減らせないかと考えている。これは手戻りにより発生する、相見積りに関わる元請下請含む施工者の積算作業の負担削減だけでなく施主の待ち時間の削減にもつながる。また設計ツールがBIMに移行する中、建材情報をどう属性として持つかが大きなイシューになってくると考えているが、この部分をサポートするサービスを提供できないか試行錯誤している。

単一プロジェクトの話だけではなく、組織全体の生産性向上や業務の向上にも役立てないかと考えている。現在は設計事務所の全体として過去のプロジェクトで選択した材料や組み合わせの履歴や記録が効率的な形で蓄積されていないところがあるが、都度ゼロから全てを設計していくのではなく過去に用いた材料の組み合わせをベースに現行のプロジェクトに合わせて一部変更を加えて用いることによって業務全体の効率の向上も見込まれる。

さらに建材メーカーから設計者により効率的に情報を提供する方法や、設計者が建材メーカーにより気軽に問い合わせができる方法を提案したいと考えている。建材メーカーにとってニーズを判断するツールにもなり開発の充実度が上がると考えている。

建設業は様々な職種の大勢の人が関わり複雑性が高く、また高度な工業化の過程で専門化と断片化が進んだことから、情報伝達そして物流、金融といった部分でまだまだ非効率的な部分が随所に見られる。ITという情報を横串に再構築できる環境が大幅に進展した状況において、また建設業全体の今とこれからという大局的な視野から見ると、非効率を改善し部分と全体が緊密に関係をもつ有機的な状況に一歩ずつ近づくことで多くの人にメリットを与えられると考えている。その第一歩が建材という一次情報を整理していくことにある。この点において建材選択クラウドtrussは「鍼治療を行うような形で最適化を図る」取り組みであり、ひいてはその有機的な状況に近づくべく設計者を支援する取り組みなのである。産業全体をどうすべきかといった視点で活動をしてきている人や組織は数少ないと思うが、このようなことに興味がある人は是非私たちの会社に関わっていただきたい。info@truss.companyに気軽にコンタクトして頂ければと思う。