コーポラティブハウスから引っ越してしまう人が多いのはなぜなのか。 kubota

大手組織事務所勤務の方からホームパーティーにお誘いいただき、建築系、アート系、ベンチャービジネス系の方が混じり合った場所で楽しく話をさせてもらった。

 

多摩川の花火を眺めながらご飯を食べましょうという会だったのだが、まさかの雹と雷雨により中止となった。普段からあまり傘をささない私はずぶ濡れでの登場となってしまった。ヨーロッパ中東になれると傘を持って歩く習慣がなくなってしまって困る。

そこでは朝方までかなり多様な話をさせてもらったのだけど、そこで興味を持ったことの一つが、コーポラティブハウスから引っ越してしまう人が結構多いということだった。これまでのところそこそこの値段で売買されているようなのであまり問題として認識はされないみたいなのだけど、コーポラティブハウスというのはある設計趣旨に賛同した施主だけが複数集まってかなり個々人の要望を踏まえ叶える形でのカスタマイズが企画段階からなされる注文集合住宅である。それぞれの住戸は住人にあったように設計され、そのオーナーの満足度を最高に満たすために作られる。そのようなプロセスを踏まえて建てられたものはそのオーナーが満足し、長く住むはずじゃないか。なのになぜ、という話である。

 

いくつか理由は考えられるけど、一つ目は、企画段階の妄想の中の理想と実際に住んでみて感じるギャップがあったのでは、ということ。注文住宅を建てた建て主のうちどのくらいの割合の人が完全に満足できているのだろうか。建てる前に理想だと思っていたことは実際に住んでみると以外と重要でなかったとわかってしまうことが多いのではないか。かなり気合を入れてお金をかけて建築も好きなオーナーが多いのではないかと思うのだけど、そういう人でも実際自分が求めていると思っていたものを具現化してみると、満足いくものができなかった、ということが一番多いのではないかと思う。自分もゼロから建物を立てて自分が満足いくものを作り上げる自信は全くないし、設計をなりわいにしている人ですらそうなのではないかと思う。それほど建築はたくさんの要素の集合で出来ており、そのバランスが悪いとあっという間に満足のいかないものになってしまう。

 

もう一つは、熱量の高い濃密な人間関係がその形成段階で形成されるため、匿名性が守られず息苦しくなってしまうのではないか、ということ。都会に出てきた人たちの多くは地元での濃密な人間関係に疲れてしまった部分が多いのではないかと思っているのだが、自分が住んでいる家がそのコミュニティの中心となることは結構疲れてしまうのではないかとも思う。時々ならいいんですよ、濃密なコミュニティも。いつも同じ顔が家に帰ると近くに集まっている、その近すぎる感じが苦しくなってくるんじゃないか。そう想像してしまいます。 程よい距離感が結構重要なのかと思います。

 

最後は転勤等で住居を移転せざるをえないケースですかね。自分もそうでしたが、転勤前提の場合賃貸もしくはコーポラティブほど労力がかからない戸建住宅を購入したりする方がメリットがあるのかな、と思いました。このケースはさすがに少なそうですね。

 

コーポラティブハウスは建物を立てる前からお客さんがついて売れ残って在庫になることがないので最近はデベロッパーさんが取り入れているケースも多いですし、複数の施主との同時のやり取りが新しい表現を生み出したり社会的にも比較的新しい試みなので著名な設計者が取り組んでいるケースも多いですが、お金を出す側、住む側としては難しさもあるのかな、と思いました。